デザイン思考×製造現場

製造業シニアエンジニアの経験知をブレークスルーに変える デザイン思考のアイデア出し

Tags: デザイン思考, 製造業, アイデア創出, イノベーション, 研究開発

はじめに:経験は宝、しかし時に壁となるか

長年にわたり製造業の研究開発や設計に携わってこられたエンジニアの皆様は、それぞれが極めて深い専門知識と、実務で培われた豊富な経験をお持ちのことと存じます。この経験知は、製品開発における現実的な課題を見抜き、信頼性の高い解決策を生み出す上でかけがえのない財産です。一方で、新しい技術や手法、特にユーザー視点からの発想を重視するデザイン思考のようなアプローチに触れる際、これまでの経験が時に「固定観念」として働き、新しいアイデアの発想に難しさを感じることもあるかもしれません。

本稿では、デザイン思考の核となるステップの一つである「アイデア出し」(Ideation)に焦点を当て、製造業のシニアエンジニアの方々が、ご自身の豊かな経験知を単なる過去の成功体験として捉えるのではなく、新しいブレークスルーを生み出すための強力な源泉としてどのように活かせるのか、具体的な視点から考察いたします。

長年の経験がアイデア出しにもたらすもの

ご自身の持つ専門性や経験は、アイデア出しのプロセスにおいて、以下のような多大な利点をもたらします。

これらの利点は、デザイン思考の「定義」(Define)ステップで明らかになったユーザーの課題に対し、実行可能な解決策を考案する上で非常に強力な基盤となります。

経験知を「問い」に変えるデザイン思考的アプローチ

しかしながら、その深い経験が「こうあるべきだ」「これは不可能だ」といった無意識の制約を生み出す可能性も否定できません。デザイン思考のアイデア出しは、「質より量」「批判しない」「自由な発想を奨励する」といった原則に基づき、あえて常識や制約から一度離れて発想を広げることを重視します。ここで、ご自身の経験知をネガティブな制約ではなく、ポジティブな問いかけの源泉として活用する視点が重要になります。

  1. 「なぜ?」を深掘りする:

    • 過去の成功事例について「なぜ、その技術やアプローチは成功したのか?」
    • 過去の失敗事例について「なぜ、あの時うまくいかなかったのか?」「もし、あの時〇〇な技術があればどうだったか?」
    • 現在の課題について「なぜ、この問題が起きているのか?」「その背景にあるユーザーの真の困りごとは何か?」 長年の経験から得た知見を、単なる結果としてではなく、その「なぜ」を深く掘り下げる問いに変えることで、新たな視点や改善点が見えてきます。
  2. 「もし〇〇だったら?」で常識を疑う:

    • 「もし、コストや技術的な制約が一切なかったら、どんな製品ができるだろうか?」
    • 「もし、現在のユーザーとは全く異なる層(例えば子どもや高齢者、異業種のプロフェッショナル)が、この製品/技術を使ったらどうなるか?」
    • 「もし、自然界の生き物がこの課題を解決するとしたら、どのような方法をとるだろうか?」 ご自身の経験で培われた「常識」や「当たり前」を意図的に疑い、極端な仮定を置くことで、思考の枠を外し、意外なアイデアが生まれることがあります。ブレインストーミングなど、チームでの発散の場で積極的にこのような問いを投げかけてみてください。
  3. 異分野の視点を取り込む:

    • ご自身の専門分野や製造業の常識から離れ、全く異なる産業(例えばサービス業、医療、エンターテイメントなど)のビジネスモデルや解決策に目を向けてみてください。
    • 他の分野の専門家や、あるいは技術的な知識を持たない多様なバックグラウンドを持つ人々と対話し、彼らが物事をどのように捉えているのかを理解する試みは、自身の凝り固まった視点を揺さぶるきっかけとなります。
    • デザイン思考の「共感」ステップでユーザーを深く理解するのと同様に、異分野の「やり方」や「考え方」を「共感」の対象とすることで、自身の経験知と掛け合わせる新たな視点が得られます。

経験知に基づく「プロトタイピング」と「テスト」

アイデア出しで生まれた多様なアイデアは、次のステップである「プロトタイプ」(Prototype)と「テスト」(Test)で検証されます。製造業において、このステップは非常に重要です。長年の経験を持つエンジニアであれば、アイデアの物理的な実現性や試作の難易度をある程度予測できます。この予測能力は、闇雲にプロトタイプを作るのではなく、検証したい仮説やアイデアの核を最も効率的に確認できるプロトタイピング手法を選択する上で役立ちます。

また、ユーザーテストや実地検証のプロセスで、ご自身の経験からくる「勘」や「気づき」は、ユーザーの反応の背後にある真意や、潜在的な技術課題を見抜く上で強力な武器となります。ユーザーからのフィードバックを謙虚に受け止めつつも、ご自身の経験知と照らし合わせ、「なぜ、ユーザーはそのように反応したのか?」「技術的には何が可能で、何が難しいのか?」を深く考察することで、アイデアを洗練させ、より現実的でかつ革新的な解決策へと昇華させることが可能になります。

まとめ:経験を力に変え、イノベーションの担い手に

製造業における長年の経験は、デザイン思考の実践において、単なる知識以上の価値を持ちます。それは、課題を深く理解し、現実的な制約の中で思考し、そしてアイデアの実現可能性を見極めるための強力な基盤です。デザイン思考のアプローチ、特に「なぜ?」や「もし〇〇だったら?」といった問いかけや、異分野からの視点を取り入れる意識を持つことで、その豊富な経験知を固定観念ではなく、新しい発想を生み出すための強力なツールに変えることができます。

変化の速い現代において、過去の成功体験に囚われず、常に新しい視点を取り入れながら学び続ける姿勢こそが、イノベーションを生み出す鍵となります。ご自身の貴重な経験をデザイン思考と融合させ、製造業の未来を切り拓くブレークスルーの担い手となられることを心より願っております。